top of page
説教要旨


2026年10月25日の礼拝メッセージ
【ローマ人への手紙 10章11節】 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」 「――わたしを待ち望む者は恥を見ることがない。」(イザヤ書49:23) 確かに、私たちが神様に、イエス様に、信頼しているなら失望させられることはありません。さて「信用」は過去の実績によって信じること、「信頼」は未来のことを無条件に信じることです。そして神様が語ったことばは必ず成就するので「信頼」できます。 神様を信頼し神様が語られたことばを握って、その成就をみていきましょう。例えば、「病を癒やす。」「問題を解決する。」と語られたならば、主の最善な時に、そのことばは必ず成就します。ですから、真に神様が語られたことばであれば、無条件に信じ、その成就を見ていきましょう。 ただし、主の最善のときに神のことばは成就するので、私たちが願うよりもずっと遅いことがあります。ですから、諦めないで、信仰により忍耐して「神の時」をまちましょう。 ただし、大切なことは、語られたことばが、神から来たものか、人間の思いからきたものかを見分けることです。信仰生活におい
6 日前読了時間: 2分


2026年10月18日の礼拝メッセージ
【ヤコブの手紙 2章17節】 それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。 私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行ないがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい。」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。(同14-16節) 「それだけでは、死んだものです。」とは、救いを失うことではなく、神様が与えようとしている祝福が失われるという意味です。 そして、教会の兄弟姉妹に必要な食べ物などの実際的な必要を、言葉で言うだけでは何の役にもたちません。実際に、食べ物を必要としている兄弟姉妹に届けるようにしましょう。 この愛の行動が、福音宣教の道を開いていくでしょう。 私たちに、この行動が出来なくも大丈夫です。全能の神様に祈り求めましょう。...
6 日前読了時間: 2分


2026年10月11日の礼拝メッセージ
【マタイの福音書25章40節】すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』 今日のメッセージのテーマは愛の行動をともなう信仰です。同35~39節に続けて書かれている、この箇所では、神様は私たちに、ここに書かれているように困っている人々を助けましたかと問いかけています。神様は、このような私たちの愛の行動によって、私たちに祝福を与えようとおられます。ですから、私たちは弱っている人、困っている人など助けが必要な人に手を差し伸べましょう。さて、私たちクリスチャンにとっての愛の行動の中心は、まだ福音を知らない人々に福音を伝えることですが、このように困っている人を助けるなどして間接的に神様の愛を伝えることができます。これは、行いをともなう信仰といいます。 それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。(ヤコブ2:17) ですから、行いをともなう信仰を求めましょう。そして、神様から受けたことばの成就に
10月18日読了時間: 2分


2026年10月4日(日)の礼拝メッセージ
【マタイの福音書 25章27〜30節】 だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。」だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられるのです。役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。 神が語られたことばを行わなければ、無駄になってしまうことが書かれています。しかし、銀行に預ければ、他の人が用いるので無駄にはなりません。ですから、私たちは、神が語られたことばを行えるように、また、どのように用いたらよいか、神さまに祈り求めましょう。名護アンテオケ教会では子供の支援ということが語られていますが、グッドニュースカフェで得られた孤児院の支援金を孤児院に送るという方法で、そのことばの成就がなされていると思います。これも、私たちクリスチャンに委ねられている福音宣教の一環となっているのです。そして、銀行にタラントを預けて
10月11日読了時間: 2分


2026年9月27日(日)の礼拝メッセージ
【マタイの福音書 25章15〜18節】彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。 神さまは一人一人にその能力に応じてタラント(賜物)を与え、それを信仰によって用いて、神さまの栄光が現れるようにと語られています。なお、1タラントは約6000万円です。「五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。」と、賜物は「すぐに行って」用いるように勧められています。もちろん、祈って、御心を確認してからアクションを起こして、沢山の祝福を受けましょう。 「ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。」この人は、他人と比較して、嫉妬心で、このような行動をしたのではないでしょうか。私たちは神さま
10月4日読了時間: 2分


2026年9月20日の礼拝メッセージ
【ルカの福音書 9章23節】イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」 この聖書個所は「使徒たち」に対してだけではなく、「群衆」にも語られたものです。 それから、イエスは群集を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(マルコ 8:34) 「だれでもわたしについて来たいと思うなら」は「誰でも(クリスチャンもノンクリスチャンも)イエスを救い主と受け入れたいのであれば」という意味です。 「自分を捨て」は、使徒たちの献身だけを意味せず「自分の考えで進まない」という意味です。 自分の考えで進むと神さまの御心は成就しません。そして「日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」と、日々自分に与えられた「召し」に立ち、神さまに従うようにと語られています。 「召し」は多様で、優劣はなく、福音宣教に一つとして欠かせないものです。そして、名護アンテオ
9月27日読了時間: 2分


2026年9月13日(日)の礼拝メッセージ
【ルカの福音書 8章49〜50節】 イエスがまだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人が来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなりました。もう、先生を煩わすことはありません。」これを聞いて、イエスは答えられた。「恐れないで、ただ信じなさい。そうすれば、娘は直ります。」 ヤイロという会堂管理者の娘が病気で死にかかっており、イエス様に癒してもらおうと考え、家に招きました。しかし、途中で、長血の女性の癒しのため時間が遅れ、その娘は亡くなったと連絡がありました。その時、イエス様はヤイロに「恐れないで、ただ信じなさい。そうすれば、娘は直ります。」と信仰に立つようにと促されました。 ヤイロは、その信仰に立ちました。そして、死んだ娘のところに行ってイエス様が、娘の手を取って「子どもよ。起きなさい。」と叫んで言われると、娘は生き返りました。もしも、ヤイロがイエス様にむかって、「娘は死んだので来なくてもいいです。」と言ったとしたら、どういう結果になったでしょうか。ヤイロは、長血の女が信仰によって癒されたことを見ていたので、信仰の対応をとることができたのではない
9月20日読了時間: 2分


2026年9月6日(日)の礼拝メッセージ
【マタイの福音書 9章37〜38節】 そのとき、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」 福音宣教はいろいろな方法でなされ、賛美や癒しも用いられます。「それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。」(同35節) 終末のリバイバルのなかで、沢山の人々が救われ教会に導かれて来ます。そのときに人々をフォローする働き手が必要になってきます。具体的には、聖書の学びの奉仕者、インターネットの奉仕者、家庭集会の集会場所の提供者、教会の働きのために祈りの奉仕者などいろいろな奉仕者が必要になってきます。 今日の聖書個所では、これらの「働き手が与えられるように祈れ」と語られています。名護アンテオケ教会においては、名護市とその近郊での家庭集会と、離島を含む北部全域を中心に県内外での宣教活動が導かれています。 さらに高齢者と子供の支援も語られています。ですから、私たちの教会には、この実際的な物質的な支援と福音
9月13日読了時間: 2分


2026年8月30日(日)の礼拝メッセージ
【コリント人への手紙12章4〜7節】さて、御霊の賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられているのです。 「ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、ある人には奇蹟を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。」(同8〜10節)。 御霊の賜物はすべてのクリスチャンに一つ以上与えられています。これらの賜物をもちいて神に奉仕し、神が導かれる神の働きの実を見ていきましょう。賜物は教会に与えたものですから、賜物をもちいるときに、教会の兄弟姉妹一人一人の益となっていきます。この働きは、教会が神の愛、福音を伝える大きな力となり
9月6日読了時間: 2分


2026年8月23日(日)の礼拝メッセージ
【エペソ人への手紙 1章11〜13節】 この方にあって私たちは御国を受け継ぐ者ともなりました。みこころによりご計画のままをみな行う方の目的に従って、私たちはあらかじめこのように定められていたのです。それは、前からキリストに望みを置いていた私たちが、神の栄光をほめたたえるためです。この方にあってあなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことにより、約束の聖霊をもって証印を押されました。神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。 神さまは私たちに目的をもって救いクリスチャンとして下さいました。その目的は、イエス・キリストを知らない人々に福音を宣べ伝えることです。神さまはすべての人を愛しておられ、天国に入ることを願っておられます。このために、私たちは神さまの愛を伝えていきましょう。人の救いは、神さまがなされるのですから、神さまに委ねて、神さまから受けた恵みと祝福を証し、そして福音を宣べ伝えていきましょう。そのために救わるべき人のために熱心にとりなし祈っていきましょう。人の救いは、神さまの業ですから、
8月30日読了時間: 2分


2026年8月16日の礼拝メッセージ
【ローマ人への手紙 4章21節】神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。 4章のポイントが21節にまとめて書かれています。これは、下記の創世記の記事を引用したものです「彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」(創世記15:6、12:1-3、15:1-6)。アブラムは75歳のとき神の最初の召しと約束を受け、ハランを出発しました(創世記12:1-4)。さらに、99歳のとき、サラから男の子が生まれると告げられました(創世記17:1、15-21)。そして、100歳のとき約束のイサクが誕生しました(創世記21:1-5)。 望みえないときに望みを抱いて、神の約束のことばを信じ続ける信仰によって成就したのです。私たちクリスチャン一人一人も、神から受けた約束のことばや、願い求めていることを、信仰により祈り続けて、その成就をみるものとなりましょう。なお、語られたことばが真に神からものか吟味することが大切です。また、神が定められた最善の時があるので(アブラムは25年待ちました)、信仰により忍耐して、その時を待ちましょう。神の時は、しばしば
8月23日読了時間: 2分


2026年8月9日(日)の礼拝メッセージ
【詩篇27篇1〜4節】主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。悪を行う者が私の肉を食らおうと、私に襲いかかったとき、私の仇、私の敵、彼らはつまずき、倒れた。たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。 ダビデは主がともにいて守って下さるので、敵が襲いかかり、どんな苦境にあっても恐れず、動じないと信仰の告白をしています。私たちクリスチャンであっても日々、色々な心配なことを経験し、不安になり、恐れの思いに支配されることがあります。しかし、全地全能の神さまがともにいて守って下さっているので、信仰にたって、恐れや不安の思いを断ち切って行きましょう。そして、あらゆる問題・困難を神さまに委ねて、神さまにその解決を祈り・求めましょう。そうすれば、最善の問題・困難の解決が与えられ、恐れや不安の思いではなく、平安が与えられます。 旧約聖書には他にも、同じようなエピソードがあり、イスラエルの民が、どんな問題・困難にあっても、神さまに信頼して、
8月16日読了時間: 2分


2026年8月2日(日)礼拝メッセージ
【詩篇121篇1〜4節】私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。 神さまは24時間365日、いつでも、私たちを守り導いて下さっています。神さまは眠ることなく、まどろむことさえなく、クリスチャン一人一人を見守って下さっています。神さまの守りは私たちの思いを超えて完璧です。そして、特に神さまを信じて聞き従うときに、その守りは確かなものになります。 「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。」(同7〜8節) ですから、神さまは、私たちがどこにいても守って、助けて下さるお方です。このことを私たちはしっかりと理解し、信じていきましょう。私たちに、どの様な問題・困難が起こったとしても、神さまはいつでも、どこにいても私たちを見守り、導いて下さいます。ですから安心して、信仰により、
8月11日読了時間: 2分


2026年7月26日(日)の礼拝メッセージ
【ヨハネの福音書21章21〜22節】 ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ。この人はどうですか。」イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」 ここでは、ペテロがイエスを三度も知らないと裏切り、十字架があり、そして、復活されたイエスに合ったときの場面が描かれています。イエスはペテロに三度「私を愛しますか。」と主の赦しが語られました。そして、ペテロに預言をかたります。 「あたなは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。―――私に従いなさい。」(同18〜19節) ペテロは語られた預言を受け止めきれず、ヨハネと比較することをしてしまいました。それに対して、主は神との関係を第一にするようにと戒められました。他人と比較する思いは、嫉妬心という危険な思いをもたらす人間の弱い側面です。他人と比較し、嫉妬心を
8月2日読了時間: 2分


2026年7月19日(日)の礼拝メッセージ
【ヘブル人への手紙10章35〜36節】 ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。 「あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。」と信仰の確信を持ち続けるようにと語られています。そして、神のことばを信じ聞き従っていくならば神さまからの大きな祝福が表されます。さらに、「約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」と、神さまが、私たちの教会と教会の兄弟姉妹ひとりひとりに語られている約束の成就に必要なものは「忍耐」ですと述べています。もし、語られた約束の成就が遅いと思われても、真に主が語られ言葉であれば、主が最善とされる主の時に必ず成就するので、忍耐し期待して待ちましょう。例えば、以前、私たちの教会の群れに「ロシア系ユダヤ人クリスチャンとの関わりを開く」と語られ、30年後に、その約束の言葉が成就しました。また、牧師は「あなたを牧師にする」と語られ、20年後に、その約束の言葉が成就しました。約束の言葉の成就が遅いと思
7月26日読了時間: 2分


2026年7月12日(日)の礼拝メッセージ
【ヨハネの手紙 第一 3章18節】子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。 「世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、あわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょう。」(同17節) と書かれているように、私たちに出来ることがあるなら、それを信仰によって具体的に行動に移しましょう。それが、聖書に述べられている「愛する。」「愛の行動をする。」ことです。例えば、お腹がすいている人に「元気をだしなさい。」と口で言うだけでなく、具体的に食事を提供するようにしましょう。それが、その人を「愛する」ということです。 そして、私たちの教会の群れでは、孤児院が建てられてカンボジア、ザンビア、フィリピンにおいて衣食住と教育が提供されています。これらの働きの最終目標は神の愛を伝え、魂の救いです。個人レベルでは難しいことでも、教会全体の働きに関わることで、神さまの働き、ビジョンを担うことができるのです。 このように、私たち一人一人が、具体的な信仰の行いをとおして福音宣教をなして
7月19日読了時間: 2分


2026年7月5日(日)の礼拝メッセージ
【コリント人への手紙第一14章1、4節】愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。 異言を話す者は自分の徳を高めますが、預言する者は教会の徳を高めます。 今日も、先週に引き続いて、御霊の賜物についてお話しします。「愛を追い求めなさい。」の聖句は、「こういうわけで、いつまでも残るものは希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」(Ⅰコリント13:13)の聖句を受けて書かれていることを覚えましょう。そして、同じように「御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。」と命じておられます。 9つの御霊の賜物は福音宣教の働きに、どれも大切で、必要なものです。そして、特に、「預言すること」がポイントであることを強調されています。預言をとおして語られる、神さまの語り掛けを、しっかり受け取っていきましょう。また、聖霊のバプテスマを受けて、その最初の徴(しるし)である異言の賜物も受けましょう。 「異言を話す者は自分の徳を高めますが、預言する者は教会の徳を高めます。」(Ⅰコリント14:4)と書かれているように、どちらも大切な
7月19日読了時間: 2分


2026年6月28日(日)の礼拝メッセージ
【コリント人への手紙第一 12章14、22節】確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。 それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。 教会は人間の体に例えられます。人間は色々な器官でできています。そして、それぞれの器官がお互いになくてはならない関係にあります。口がなければ栄養を取れず、目がなければ大変に不自由です。その様に、教会の兄弟姉妹はお互いになくてはならない存在です。さて、目に見える部分は大切ですが、それ以上に目に見えない部分が大切です。例えば、心臓は目には見えませんが、生きるためにはとても重要な器官です。それと同じように、教会の働きにおいても目立たない働きがとても重要です。 「それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。」と、目立たない器官(兄弟姉妹)が、かえって「なくてはならない」重要な器官(兄弟姉妹)と語られています。神さまは、教会の兄弟姉妹ひとりひとりを、教会を祝福するために、なくてはならない働き人として、
7月5日読了時間: 2分


2026年6月21日(日)の礼拝メッセージ
【箴言3章5節】心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。 箴言にはソロモン王が神から受けた「知恵のことば」が語られています。1~9章では「知恵」に関する訓戒が書かれ、3章の1~12節では、「知恵」は人を悪い道から守るものであることが書かれています。 「心を尽くして主に拠り頼め。」と、神さまに信頼して神さまに委ねなさいと書かれています。そして「委ねる」とは、神さまのことばを信じて聞き従うことです。さらに、神さまに語られたことを行っていくことです。これが「主に拠り頼め。」の意味するところです。ですから、私たちクリスチャン一人一人が信仰の歩みをするなかで、いろいろな問題・困難に出会いますが、その様なときに、「主に拠り頼んで」行きましょう。 どの様な状況にあっても、私たちは、主に祈り・聞き・従って行きましょう。私たちは神さまに語られていることを行っていきましょう。そうすると、神さまの私たちに対する最善の計画が成就していきます。しかし、計画が成就するまでに時間がかかることがありますが、神さまの最善な時に成就するので、信仰により忍耐して主の時を待ちま
6月28日読了時間: 2分


2026年6月14日(日)の礼拝メッセージ
【テサロニケ人への手紙第二 3章3節】しかし、主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守ってくださいます。 テサロニケ教会では、再臨の時期について誤った考えが広まり、パウロが忠告することがありました。再臨の時期は主以外の誰も知ることが出来ません。ですから、聖書のことばを正しく理解することが大切です。 1~2節では、間違った教えに惑わされないように忠告しています。しかし、主は真実で。嘘偽りのない方であり、私たちを「強くし、悪い者から守ってくださる」と約束して下さっています。ですから、私たちは神のことばにしっかりと立って、従って行きましょう。その信仰の対応によって、主は私たちを強めて下さいます。また、聞き従う時には、語られたことばが、真に主からのものかどうかを見分けることが大切です。 「悪い者から守ってくださいます。」とは、私たちクリスチャン一人一人にもいろいろな問題・困難が起こりますが、主は私たちを守って下さると約束されています。先週は「悪に対して悪をもって報いてはならない」ことを学びました。 ですから、私たちの目には悪いと思われること
6月21日読了時間: 2分
bottom of page